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戻ります。そして7時に2回、7時半は3回と叩いて8時に正規の8回に復帰します。これは、日暮時になると海坊主が食事のために現れ船を襲うので、時鐘をわざとずらして海坊主を欺くためだと昔から言い伝えられています。
大昔の海にそんなに頻繁に海坊主が現れていたのか、などという野暮な疑問は別にして、これはドク・ワッチ制度という変則当直制度が当時あり、夕方4時〜8時の間の当直を2分割していたためにこのような時鐘の叩き方になったのです。ところがその当時の見習水夫は幼がったので、時鐘の叩き方を覚えさせるためにこの「海坊主」の話をしたのが、今日まで語り継がれているのだといわれています。ただ、当時の帆船航海は危険も多く遭難も日常茶飯事であったので、海坊主というのも真面目に信じられていたのもまた事実です。「マリー・セレスト号事件」などは今もって海坊主のせいだと言われているところを見ると、もしかしたら本当に海坊主は存在するのかも?知れません。今日でも航海訓練所の練習船では、この時鐘が時を告げています。
仕事をせんちょう(船長)言うことをきかんちょう(機関長)
前述の「口笛と悪魔」や「時鐘と海坊主」からすると随分ドメスティックなネタではありますが、日本の船乗り連の間で言い伝えられている代表的なものです。「うちの船長は全然仕事しないし、機関長は全然言うことを聞いてくれないんだよ」とまあこんな具合に甲板員や操機手達のぼやきが今にも聞こえてきそうです。船長と機関長には決められた勤務時間はありません。ですから当直(船では“ワッチ”と言います)でもないのにブラブラしたり、あれやこれやと小言を言ったりすると当直員がこんなふうに毒づきたくなる気持ちも分かります。
しかし、決められた勤務時間がない代わりに、何があれば船長と機関長はすぐに指揮を執らなくてはなりません。言い換えれば24時間常に勤務時間と言えます。船長を例にとると、狭い水道を通航する時、気象状況が急変した時、船舶交通量の多い海域にさしかかった時などは、航海中の船にとって危険の多い状況であり、船長は時間に関係なく船橋(ブリッジ)に上がり直接指揮を執ります(「よこすか」では更に潜水船の着水揚収作業が加わり、潜水船潜航中も常に船長は船の動向に気を配っています)。つまり船長、機関長があたふたと走り回るような時は危険な時であり、「仕事をせんちょう言う事をきかんちょう」という時こそ船にとって最も安全な時である、という教えがこの言い伝えの中には含まれているのです。
海と船と人と
「海は人を試し、船は人を選ぶ」などと言うと、何だか船に乗るには何か特別な条件にでも通わなければならないかのように聞こえますが、決して難しい話ではありません。船に乗るための条件はただひとつ、「海を敬い船に興味を持つ」ことだと思います。海は侮ると牙を剃いて襲いかかってきます。ですが海を敬い興味を持ち、より多くの物事を知ろうとすれば、海は優しく迎え入れてくれます。船もまた同様で、興味を持つことが大切だと思います。船の上の生活というのは陸で想像するよりも過酷です。河口も何日も見渡す限り海また海、限られた船内空間の中で限られた人間達だけの生活。これは大昔から今日に至るまで、そしてこれからも変わることのない生活環境だと言えます。そのよう

 

 

 

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